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by ysr_kntk メモ帳
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2006年 08月 14日
今回投稿するこの記事が,ここの500件目の文章となります.
この記事をもって,このブログは終了することにしました. 最後に書くのは,やはり4年足らずで東京を離れることになったことの 経緯を出来る限り詳細に,と思っています. 長くなると思いますが,消えるまでにはざっと目を通してもらえると, 幸いでしょうか. ------- 8月1日,月頭の全社ミーティングで,退職することを公表した. まったく混乱は起こらず,そんなもんか,って感じだった. 元より出入りの激しい会社で,働く人たちも年齢の割りには多くの会社や 働き方を経験しているためもあるだろうか. 淡々とすすみ,滞りなく,いつものとおりだった. この場でちょっとだけ,挨拶をする時間を貰えた. この時点では残り2ヶ月,勤務期間があるので,やや変な感じではあるが, それでも,ひとまず自分の思っていることを話せる機会がいただけたことは ありがたかった. ずっとまえから,この場で何を言えばいいのか,考えていた. 結局,大したとこは言えなかった. 普段えらそうなことを口走っていても,やっぱり怖いこともある. お世話になりました,次のとこでも頑張ります,ありがとうございました. 言いたかったのは,そんなことではなかったのだけど,出て来た言葉はそんなもん. やっぱり根性なしだった. ただ,わずかだけど本当のことが言えたのは, 「辞めるに至った経緯(真相)をこの場で話すつもりはなく, それは知っておいて欲しい人にだけ伝えたつもりだし, 伝わっていると思うので」 ってことくらい.これを聞いた人はどう思ったのだろうか. 真相に近づけた人は,いたのだろうか. 僕の退職を事前に知っていた人たちでも,理解できなかったのではなかろうか. それはそれでかまわない. もう,ずっと前から,この会社を出て行く日が来ることはわかっていたことだし, そうしなければならない状況も揃ってしまっていたし. 本当に好きな仕事をしていたと,今でも思うし,ズレが生じなければ, 続けていけたことだったとも思う. どこでおかしくなってしまったのか,振り返ることを何度もしてきた. これは,その一部だと思う. 2005年4月,シンクタンクを名乗った奇妙な調査会社に入社した. 正直,うまくいった就職活動ではなかったと思う. 大学院の同期たちが名のある企業に内定していくなかで, 規模も小さく,無名で,しかもお世辞にも収入が高いとはいえない会社で 働き始めることに,引け目を感じていたことは否定できない. それでも他の会社や組織よりは,自分に合っていると思って,この会社に来た. 最初は特に何の仕事をするでもなく,ひたすらPC周りの雑用をしていた. 同期入社の学卒の女の子は,すでにかなりの実務を担当してるようにみえた. あせりはあったけど,何かできるわけでもないから,ひたすら買い物と雑用. そのうち,単純作業の手伝いはさせてもらえるようになったのだけど. でも,本当に暇な時間が多かったように思う. 何か手伝うことはないかとたずねて,座ってろと言われたこともあった. 仕方ないので,ネットしたり,サーバー内の過去のプロジェクトの報告書を 読んだりしていた. このころは,こんな調子で何も出来ないまま,早い段階で転職できるのかな?とか, 暇すぎて仕事ないなら辞めようかなとか,そんなことばかり考えた. あとで洒落にならんほど忙しい時期になったときは,この暇な時期よりはマシだと思えるようになっていたので,無駄なだけの時間ではなかったのかもしれない. 夏ごろから,徐々に任せてもらえることが増えてきた. 簡単なはずの集計やFA整理すらうまく出来ず,怒られたことばかりだった気がする. 役立たずだった. でも何故か,このころから,真剣に外の会社に出て行くことを考え始めた. たぶん,福岡に帰りたい,という気持ちが相当強かった時期だったからだろうか. 新聞の求人広告欄や求人サイトをチェックし始めた. 実際に応募もしてみた.とはいえ,何も出来ない奴を採ってくれる会社はないから, とにかく応募する際のものの書き方の練習のつもりで. これが有効なことだったかは,今でも自信がない. 実際には,いくつ応募したか忘れたけど,ひとつも通らなかったことは覚えている. 秋に入ると仕事はどんどん忙しくなってきた. このころ,何故かWEBアンケートを作るのが得意になってしまっており, 短期間でいくつものサイトを作っていた気がする. また,やっとまともに集計ができるようになったのもこのあたりから. ちょうどこの時期に始めた,毎月やってるあるプロジェクトは, いまでは同じ形で進められてはいないのだけど,特別なものになった. 好きな仕事だった. このころ,大きな出来事のひとつに,入社以来,主に生活面の指導でお世話になった方が退社したことがある. 最初から,辞める辞めると口にしていたこの方には,いろんな意味で大きな影響を受けたし,いまでも受け続けている.もちろん,すごく助けられてもいる. 忘れもしないのは,この時期,応募してみたい会社があったのだけど, 働き始めて1年も経っていないから,どうせだめだろうなって考えていたことを話したところ, 「そうかもしれないけど,それでも手を挙げることで,自分の存在を知ってもらうことは出来る.だから,応募するだけしてみるのは無駄ではない」 とアドバイスを受けた. すごく勇気付けられ,やる気が沸いた. で,応募したら,書類が通った. 本格的な転職活動の1回目は,このとき. 書類に続き,筆記も通った. 面接まであっさりとたどり着いた. この会社の仕事には興味を引かれるものがあった. しかし,結局この会社には縁がなかった. 今の仕事,とくに↑にもあげたあのプロジェクトのほうが, このときの僕にとってははるかに魅力的で,必要なものだった. たったそれだけのことで,もっと大きな機会を逃したのかもしれないけど, 辞退したことは後悔してはいない. この決断をしたときは,12月に入っていたかもしれない. 12月には,本当にいろんなことがあった. 仕事は面白かった.PLを務めるようになったこともある. また,責任を担うようになってから,リーダーでいるよりも, 信頼できる飼い主につながれた犬であるほうが, 自分は最適な働きをすることに気が付いた. 12月末,大きな出来事が2つ重なる. どっちも私事.うちひとつは,また会社を出て行くか否かの決断だった. このときのことは,いまでも忘れない. 急に連絡が来て,戻ってきて欲しいと言われた. あまりの展開に混乱したのは事実だが,それでもその場で断った. 自分でも驚いたけど,これまた後悔していない. なぜかこのころ,東京で働き続けることに,決意を固めつつあったように思う. 仕事が好きだったこともあるし,それだけにとどまらない理由もあったからか. 2006年1月 年始に少し有休を使い,福岡と実家に帰った. 大切な友人たちに会うため. ちょっとだけ,仕事に支障がでたものの,それでもその後, しっかりやっていく決心をするためにも必要な時間だったので, 良かったと思う.休んだ分は挽回も出来たはずだったし. 次年度へ向けての準備もあるし,徐々に会社の中身も変わりつつあったよう. 翌月の月頭ミーティングで,体制の変更が発表された. 2006年2月6日 ミーティング 席のレイアウトを変更し,社内体制も変更することが通達. 与えられた場所は,願ってもないところだった. 好きな仕事も,満足な形でできるようにしてもらえたみたい. 待ち遠しかったし,本当に楽しみにしていた. たった数週間で,覆ってしまうとは,思いもよらなかったけど. 2006年2月22日 メーリングリスト 前日からやや不穏な動き.悪い予感がした. こういうものはあたってしまう. それまでとは一転した. 飼い主から遠ざけられるだけなら,まだ良かったかもしれない. それまでつづけたプロジェクトと,その後でも必要なものだけは与えてもらえれば.. いまさら仕方のないことかもしれないが,大きな変更だった. 「これまでやってきたことは変わらないのだから.大丈夫」 何の根拠もなかった言葉で,それを支えにやるだけやることにしたけれど, この日,当てはないけど辞めることになるだろうな,と思った. 2006年2月下旬~3月 やっぱりというか,きた. 大切にやってきていたし,これ以上ないほどうまく回っていたプロジェクトを含め, 担当してきたものを分断しろという話. 覚悟はしていたけど,話を持ってきた人間は最悪だった. 今でも思うが,筋の通らないやり方. もし,プロジェクトごとに分割して,それでやっていきたいのなら,担当者同士での調整・相談を行ったうえで,その結論を待つべきだったと思う.そのために管掌もついていたのだから. 当然,管理する側・仕事を割り振る側の立場では,下の意見をすべて聞くわけにもいかないだろうが,それでも,すべての件に関わっていた僕のところに,分割ありきで話を持ってこられたことと,しかも全然関係ない人間が話しにやってきたことに,いまでも不快感を抑えられない. 快不快の感情で仕事を考えるな,と社長にも言われたが,この件は譲れない. 下で働く人間に痛みを押し付けるやり方は,承服できない. だからすべてから手を引くから,あとは勝手にしてくれ,としたのだけど, 分断した形で一部だけが,返ってくることになった.これが4月の終わり. 2006年3月 新体制に実質的に移行,グループでプロジェクトを回すことが基調となった. それまで続いてきたものは,今回完結するまではとされていたが,納得できない. 当然,好きなクライアントの仕事も含まれていた. しかも,能力不足なところは手を貸せという話.フザケルナと思っている. 一度書いたことがあるが,この時期にやらされた仕事.嫌々ではなかったけど, 複雑なWEBアンケートをシステム側から構築するところだけ,協力をした. フィードバックはなかった.提出済みの報告書が回ってきたが,記述に致命的なミスがあった(無相関とするべきところに,相関を示唆するような記述).血の気が引いた. 細かいことかもしれないが,こういうチェックのために,僕は必要なスタッフだから,この会社に採用されたのだと思っていた. この日,自宅に帰ってから,不満と眩暈で,吐いた. 2006年3月下旬~4月 年末から取り組んでいたプロジェクトの続き物の,どうしてもやりたいプロジェクトがあった. グループ制に邪魔をされた. 希望を通さない説明を,時間をとって,正面向かって説明してくれれば, まだよかったかもしれない.実際は,すげーおざなりだったから. また,だったら,いままでやってきたものは,これまでどおりの体制でやらせて下さい,という最後のお願いだけは,聞いてもらえたのであれば,何とかできたのかも. 必要なものもダメだったし,大切にやってきた好きなものも潰されて, 完全に行き場を無くした. あとは,出て行くだけだった(当てはないけど).これが4月27日. 2006年GW すぐにでも出て行きたかったものの,それでも現在進行しているものを片付けてから出なければ,責任を放棄したことになる.筋の通らないことは,したくなかった. 去年の秋から始めた,あのプロジェクトは10月で完結する予定だったから, それを一人で担当することになってしまったから,すべてを自分で進め,それが終わる10月には,次の行き先はなくても出て行くことにした. ある程度の無職期間は覚悟していたものの,生活もあるから, 転職活動のための準備に入った. とはいえ,とくにあてはない. 出来ることなんて,限られていた. それしか,やることがなかったし,思いつかなかった. 2006年5月13日 引越 職場への通勤時間を短縮するためにと,3月頃から準備していた引越. ほとんど意味はなくなっていたけど,引き返せなくなっていたので,仕方ないけど引越. 不便になるわけではないので,困りはしないだろうと思っていた. 翌日,ある意味で困ることになった. 2006年5月14日 メール 引越の片付けは進まないものの,ネット環境だけ優先して整備したため,メールチェックに滞りはなく,昨日までと同様に接続.届いたメールを見て,慌てた. WEBに公開したレジュメを見た企業からのスカウトメール. その企業の所在地は,福岡. 都内で引越した翌日,しかもなけなしの預金をほぼ全額叩いた引越翌日に. しかし混乱したまま時間だけ無為に過ごすこともできない. しばらく考えようかと思ったが,企業名を見て,ひとまず福岡に会いに行くことにした.就職活動でも,その後の企業情報収集でも,いつも気になっていた会社から届いた話だったから. 漠然とではあったが,憧れの会社,といって差し支えない. これから,毎月のように東京~福岡を往復することになった. 2006年5月下旬 1回目 転職活動で福岡に飛んだ. つい数ヶ月前,年頭に帰っていたため,こんなに早く来ることになるとは. そんな思いもよらない状況ではあったが. このときは休みにかかっていたこともあり,友人とも会うことが出来た. 選考自体は,1時間程度の面接と,筆記試験. 試験の出来如何で次のステップに進むかどうかきまるといわれたものの, 通過していた. 正直に書きます. 通過して欲しいと思う気持ちの一方で,消化できない「何か」が意識を支配してた. さすがに面接中はなかったけど,筆記試験を受けている最中,部屋に一人で残されて, 答案用紙に向かっていると,白紙で出したらどうだろうとか, 自分ごときが通過するはずはないとか. ネガティブなものが何度も押し寄せてきた なんともしがたい心中のまま,数時間の試験を受け続けた. だから,通過の連絡を受けたときは,嬉しさもある一方で, 喪失感のようなものを感じていた. 2006年6月下旬 2回目 転職先の役員面接.このときは日帰りだった. 要した時間は30分程度,ほとんど雑談していた気がする. しかし,就職活動ではいつも説明に困っていた,僕の学歴に関する変遷(3つの大学を転々としていたこと)を好意的に解釈してくれた. 新卒時の就職活動は,面接でいつも学歴変遷の話だったため,志望動機とか人となりとか他に聞くことないのかよ,っていつもうんざりしていた. 文学から始まり,心理学に興味を持ち,そしていまはマーケティング関連の仕事. 「ひと」に興味があるんだね,とこんなに簡単に話を通してくれたことは,一度もなかったから,すごく嬉しかった. 2006年7月中旬 最終面接 山笠の期間中に,最後の面接を受けるため,日帰りで福岡へ. ほとんど選考といった雰囲気ではなく,偉い方たちとの顔合わせ. 30分~1時間程度,雑談に終始した感じだったと思う. 採用を前提として,あとは入社のタイミングを調整する打ち合わせのようなものだった. この面接からしばらくして,採用通知が届いた. ----- これで,大方の経緯はまとめることができたように思います. 転職活動記録というよりは,ほとんどが愚痴になってしまいました. それでも,この数ヶ月の間に,自身で苦しみ,もがき,悩んだ過程であり, そこから今回出て行くことになるまでの,要点は抑えられているように思います. 最後のほうはちょっとはしょってしまった箇所がありますが. ただし,これはあくまで,僕個人の観点によるものであるため,他にも埋もれてしまった事実があるのかもしれません. 当然,書かなかったこともあるので. 振り返れば,辞める必要のなかった会社を,いや~な状況で出て行かざるを得なくなったもんだな,という感想. 転職は成功し,知名度も,収入も,勤務地も,諸々の条件でより恵まれた立場を手に入れることは出来たので,そこは良かったことだと思う. 当然,あたらしい仕事に対しての期待は大きい. それでも,消化できないものを抱え込まなければならないのは,残念なことだと思う. あまりふさわしい文章ではなかったかもしれないけれど, ここは,これで,終わります. 次,また別の場所で,ブログを書き始めることがあれば, たぶんだけど,もうちょっと楽しいことで,ログを残せると良いかな. # by ysr_kntk | 2006-08-14 22:18
2006年 08月 04日
気分というか気持ち悪い状態.
ちょっと,っていうよりかはかなり地味だけど嫌なことがあるので. 辞めるという状態に至る,その過程は苦痛だった. おかしくなっちまって,回復困難な状態に陥ってるのも痛. さらに...書き切れねー. 今の会社を出て行くという決断は決して間違ってないと思うけど, もし手落ちがあるとしたら,時期が遅すぎたかもしれないということだろうか. 2月末にさっさと辞めておけばよかった.あるいは5,6月末にでも. あとは残すところ2ヶ月もないというのに, いまさら経緯も状況も知らない関係ない奴が, しゃしゃりでて来るんじゃねーよ. まったく,勘弁してくれ. 2006年 08月 03日
仕事がなく,あまりにも暇だったため16時で退社.
フレックスの旨みをこれまであまり使ってこなかったので. 明日は10時半までは出社しない予定. なんでこんなに仕事ないんだろう. 全社的に暇. 人によっては,ネットやったり,本読んだり,etc. 寒いときは忙しかったけど,このようにすることもなく 辞めるまでのわずかな時間が過ぎていくことは, 大変残念です. 2006年 08月 01日
9月末で辞めることをミーティングで発表.
転職先の社名を間違えられるという,残念なハプニングはありましたが, その他は淡々と進んだと思います. 特に大きな混乱や動揺が起きなかったのは,かなり残念ですね. もっと大きなリアクションで驚いてくれる人がいると思ったのだけど. みんな,冷静だなぁ~w ちょうど残すところも2ヶ月となりました. 「卒業制作」となるプロジェクトは,どれになるのか, 手持ちを引き継いでいけるのか,または完結となるのか. 気になることは,まだまだあって,ほんとに気にしなきゃいけないことは, もっと別のことなのだろうけど,時間だけ刻々と過ぎていくのでしょうね. あっという間でしょうなあ. 2006年 07月 30日
有休使って5連休を作り出した今回の夏休み,これで終了です.
旅行あり,帰省ありの盛りだくさんでした.もちろん出費が. しかし,今回は『第1期』というとこで,次は8月中~下にかけて, なにかしらまとめて休みたいと思います. 第2期となるはずですが,これは新居探しに使うことになるでしょう. さて,明日から仕事で,明後日は月頭の全体ミーティング. 退職を社内全体に発表することになると思われます. 全体に向けた演説?の内容をいまから楽しみに考えたいですな. 大人気なく言いたい放題言っていいのかしらん? ともあれ,本年度第1期夏休みは終了です. 2006年 07月 26日
明日:羽田→広島空港→広島市内など→実家
明後日:主に実家,場合によっては福岡? 明々後日:山口宇部→羽田 上記の計画を立ててみました. 宿泊費が捻出できそうにないので, 明日,早く出発して広島観光して,そのまま実家へ. 明後日は実家にいる予感. そして,明々後日には戻ってくるという結構ハードなスケジュールにしてみた. ゆっくり休むには,自宅に引篭もったほうが良いのかもしれない. では明日からちょっと出かけます. 2006年 07月 25日
急遽,明日より有休をとりました.
特に意味はなく,単に溜まっていた有休を消化するため. ちょっと遠出でもしようかと思ったのですが, 諸々の調整もあるので(宿泊先の確保など?),どうだろう. ま,明日1日かけてゆっくり考えます. 天気次第ではあるけれど,自宅に引篭もるのはやめておこうかな. 日帰り,または1泊程度でよいので,出かけたいですな. 2006年 07月 24日
先週金曜日,社長に辞めることを告げる.
大まかな経緯は伝え,何がきっかけで, 出て行くことに走ったか,説明. 反応は,じゃあ仕方ないな,って淡々としたもの. まぁ,出て行くって奴を引き止める理由もないしな. しばらく社内では黙ってるように言われた. 辞めることの発表は,月次ミーティングとなるのだろうか. できれば,社員の揃うミーティング中に,いきなり挙手して 『私事ですが,辞めることと相成りました』みたいな発表で, と希望したのだけど,それは勘弁してとのこと. 前代未聞だからって...ちぇ,残念. インパクトあるし,事情知らなかった人の反応も楽しめるのに. 多分,来週あたりには社内で正式通達になるだろうか. いろんな意味で,待ち遠しい. 2006年 07月 20日
この秋で会社辞めます.
NEETになりたかったけど,さすがにそれは出来ず. 転職して,新しい会社で働くことになりました. いや~,早かったな. 2006年 07月 12日
3年ぶりに山笠の最中に福岡へ.
飾り山を見ることが出来たのと,男衆に遭遇しただけですが. それでも,イイ! 働かんと,「山」にのぼせるのもしかたないですな. 次は,山をかいてることころ見たいものですなぁ, 来年こそは! ![]()
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